医師のお金計算室 medinomy
医師のお金計算室medinomy
コラム

勤務医に経費はほぼ無い。特定支出控除「97.5万円の壁」を実額で計算した

勤務医 Dr.マコト|公開:

年収は高いのに、確定申告で経費を落とせない。個人事業主の友人が領収書を集めて節税しているのを見て、「勤務医にも同じことができないのか」と一度は考える。結論から言う。勤務医に経費はほぼ無い。正確には「無い」のではなく、年間で最大195万円を先に引かれていて、実額の経費が効くのは「その半分の97.5万円を超えた部分だけ」だからだ。私も税の仕組みを一次情報で確かめる前は、この壁の高さを知らなかった。この記事では、その壁の正体を国税庁の数字で分解し、勤務医の年収帯で経費申告が成立する条件を実額で計算する。

この記事でわかること

  • 給与所得者が先に引かれている「みなし経費」の額(No.1410)
  • 実額経費(特定支出控除)が効き始める「1/2の壁」の仕組み(No.1415)
  • 勤務医の年収帯で経費申告が成立する条件と、その現実的な高さ
  • それでも申告する価値が出る「例外の年」はどんな年か

こんな人に

バイト先が増えて確定申告で経費を使えないか調べている

結論:経費が「無い」のではなく「先払い」されている

勤務医が確定申告で経費を落とせないのは、制度が意地悪だからではない。給与所得者は、実額の経費計算をする代わりに、収入に応じた「みなし経費」を先に、自動で引かれているからだ。これを給与所得控除という。

「経費が使えない」ではなく「経費はもう引かれている」。この一語の違いが、勤務医の確定申告の入口になる。

その額は年収が上がるほど増えるが、年収850万円で頭打ちになり、上限は年間195万円。個人事業主が領収書を1枚ずつ積み上げて経費にするのに対し、勤務医は何もしなくても最大195万円が経費扱いになっている。

問題はその先だ。「実際にはもっと使っている」という給与所得者のために、実額を追加で引ける制度がある。それが特定支出控除だ。ただしこの制度には、後述する高い壁がある。

給与所得者は最大195万円を先に引かれている(No.1410)

給与所得控除は、給与収入の金額に応じて自動的に決まる。国税庁のNo.1410「給与所得控除」に定められた、令和8年分の計算は次のとおりだ。

給与収入(年収)給与所得控除額
162.5万円以下65万円
162.5万円超〜180万円以下収入×40%−10万円
180万円超〜360万円以下収入×30%+8万円
360万円超〜660万円以下収入×20%+44万円
660万円超〜850万円以下収入×10%+110万円
850万円超195万円(上限)

勤務医の多くが該当する年収850万円超の帯では、給与所得控除は一律195万円で固定される。年収1,000万円でも1,500万円でも、みなし経費は195万円のまま増えない。これが1つ目のポイントだ。

ポイント:勤務医のみなし経費は195万円で頭打ち

給与所得控除は年収850万円で195万円の上限に達する。それ以上は年収が増えても、みなし経費は増えない。「先払いされている経費」の枠は、勤務医にとって固定額だと考えてよい。

個人事業主なら、事業の実態に応じて経費は青天井だ。給与所得者はその代わりに、計算の手間がない固定枠を受け取っている。どちらが得かは一概に言えないが、「勤務医は経費を積み上げられない」の正体は、この固定枠にある。

実額経費が効くのは「1/2を超えた部分」だけ(No.1415)

では、給与所得者が実額の経費をまったく引けないかというと、そうではない。特定支出控除という制度がある。国税庁のNo.1415「給与所得者の特定支出控除」がその根拠だ。

ただし、ここに高い壁がある。特定支出控除で引けるのは、対象となる支出の合計が「給与所得控除額の1/2」を超えた、その超えた部分だけだ。

「使った額が全部引ける」のではない。「みなし経費の半分を超えた分だけ」引ける。ここを勘違いすると、期待した還付が来ない。

対象になる支出(特定支出)は、次の7種類に限られる。いずれも「職務の遂行に直接必要」だと勤務先が証明したものに限る、という条件がつく。

  1. 通勤費
  2. 職務上の旅費(勤務地を離れて職務を行うための旅行費)
  3. 転居費(転勤に伴う引っ越し費用)
  4. 研修費
  5. 資格取得費
  6. 単身赴任者の帰宅旅費
  7. 勤務必要経費(図書費・衣服費・交際費等。合計65万円が上限)

7番目の勤務必要経費には、それ自体に65万円という上限がある。図書費・衣服費・交際費を合計しても、この枠では最大65万円までしかカウントできない。

ポイント:特定支出控除の3つの条件

  1. 引けるのは「給与所得控除の1/2」を超えた部分だけ
  2. 対象は7種類の支出に限られ、勤務先の証明が必要
  3. 年末調整では処理できず、確定申告が必須(勤務先から補填された分は対象外)

この「1/2の壁」と「7番目の65万円上限」が、勤務医の経費申告を難しくする2つの構造だ。次の節で、実際の年収帯に数字を入れて確かめる。

勤務医の年収帯では、壁はどれくらい高いか

勤務医の年収帯で、特定支出控除の「1/2の壁」が実際にいくらになるかを見る。給与所得控除の1/2が判定基準になるので、年収別に計算すると次のようになる。

年収給与所得控除判定基準(1/2)
800万円190万円95.0万円
850万円超195万円(上限)97.5万円

年収850万円を超える勤務医は、この判定基準が一律97.5万円で固定される。つまり、1年間の特定支出が97.5万円を超えない限り、特定支出控除は1円も発生しない。

ここで、先ほどの「7番目の勤務必要経費は65万円が上限」を思い出してほしい。図書費・衣服費・交際費をどれだけ積んでも、この枠は最大65万円。判定基準の97.5万円には、65万円だけでは32.5万円足りない。

医学書を大量に買っても、白衣を新調しても、7番目の枠は65万円で頭打ち。それだけでは壁の97.5万円に構造的に届かない。

つまり、勤務必要経費(7番目)単独では、特定支出控除は発動しない。壁を越えるには、通勤費・研修費・資格取得費・転居費・帰宅旅費といった他の項目で、さらに32.5万円を上積みする必要がある。日常的な支出だけで年間97.5万円を超えるのは、通常の勤務医にとって現実的ではない。これが「勤務医に経費はほぼ無い」の実像だ。

ポイント:なぜ普通の年は発動しないのか

  • 判定基準は年収850万円超で97.5万円に固定
  • 7番目(図書・衣服・交際費)は65万円上限で、単独では届かない
  • 残り32.5万円超を他項目で埋める必要があり、平常年では成立しにくい

それでも申告する価値が出る「例外の年」

では特定支出控除は勤務医にとって完全に無縁かというと、そうではない。年によっては壁を越える。鍵は、単発で大きな支出が出る項目だ。

具体的には、次のような支出が重なった年だ。

  • 転居費:転勤に伴う引っ越し。単身赴任を含めると数十万円規模になる
  • 単身赴任者の帰宅旅費:遠方への赴任で帰省を繰り返すと積み上がる
  • 資格取得費・研修費:職務に直接必要と証明されるものに限られるが、まとまった年がある

これらが重なった年は、判定基準の97.5万円を超え、超過分が控除として効いてくる可能性がある。

特定支出控除は「狙って毎年使う制度」ではなく、「大きな支出が出た年に取りこぼさないための救済」と考えるのが実態に近い。

たとえば、その年の特定支出の合計が120万円だったとする。判定基準97.5万円を超えた部分は120万円−97.5万円=22.5万円。この22.5万円が課税所得から追加で引かれる。

では、実際に手元にいくら戻るか。控除できるのは22.5万円だけで、戻る税額はその人の限界税率次第だ。年収1,000万円なら約6.8万円、1,500万円なら約9.8万円が戻る計算になる(令和8年分・独身のケース)。

同じ22.5万円の控除でも、税率の高い年収帯ほど戻りは大きくなる。自分の限界税率でいくら戻るかは、手取り計算ツールに額面を入れれば把握できる。

ポイント:例外の年を取りこぼさないために

  • 転居・単身赴任・資格取得など、大きな支出が重なった年は判定基準を超えることがある
  • 超えた部分×限界税率が、戻ってくる税金の概算
  • 勤務先の証明書と確定申告が必要。心当たりのある年は税務署・税理士に確認する

なお、学会参加の旅費や年会費が特定支出に当たるかは、項目ごとに国税庁の判断が分かれる。判断に迷う支出は、勤務先の証明が取れるかも含めて、税務署または税理士に確認するのが確実だ。制度の当否を自分で断定せず、一次の確認に回すのが安全だ。

「領収書集め」より「働く場所の選択」

勤務医の経費申告は、ほとんどの年で壁を越えない。だからといって、手取りを増やす手段がないわけではない。むしろ逆で、経費という「努力(領収書集め)」で動く額は限られている一方、手取りを大きく動かすのは「選択」の側だ。

副業やバイトの収入がある場合は、そちらは給与所得控除の枠外で、雑所得として実額の必要経費を引ける余地がある。この違いは勤務医のアルバイト・非常勤の税金で整理している。

また、同じ額面でも、働く場所や雇用形態、バイトの構成によって手取りは変わる。専門性を高めても手取りが増えにくい構造と、その中で何が財布を動かすのかは専門性を高めても手取りが増えないのはなぜかで扱っている。

経費で削れる額は制度で決まっていて、勤務医にはほとんど余地がない。動かせるのは「どう働くか」の選択のほうだ。

まず自分の手取りの現在地を知るところから始めたい。年収を入れれば、所得税・住民税・社会保険料を差し引いた手取りと、追加の1万円にかかる限界税率まで確認できる。

▶ 勤務医の手取り計算ツールで確認する

節税の具体的な手段は勤務医が使える節税ベスト6に、手取り額そのものの目安は勤務医の手取り早見表にまとめている。制度を正しく知ることも、選択の一部だ。


本記事は令和8年分(2026年)の税制に基づき、2026年7月時点の情報で作成しています。特定支出の該当性や勤務先の証明の可否は、個々の事情によって異なります。税制は年度ごとに改正される場合があるため、最新の情報は国税庁ホームページ等でご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務判断については税理士等の専門家にご相談ください。

よくある質問

Q. 勤務医は確定申告で経費を落とせますか。

A. 給与所得者は給与所得控除という「みなし経費」を自動で引かれており、実額の経費(特定支出控除)が効くのは、対象支出の合計が給与所得控除の1/2を超えた部分だけです。年収850万円超では判定基準が97.5万円で固定され、通常の年はこの壁を越えないため、実際に経費を落とせる場面は限られます。

Q. 特定支出控除で、いくらから控除が使えますか。

A. 給与所得控除額の1/2を超えた部分が対象です。年収850万円超の勤務医の場合、判定基準は97.5万円。1年間の特定支出がこの額を超えて初めて、超えた部分が控除されます。

Q. 医学書や白衣の代金は経費になりますか。

A. 特定支出の7番目「勤務必要経費」に含まれますが、図書費・衣服費・交際費を合計しても65万円が上限です。この枠だけでは判定基準の97.5万円に届かないため、他の項目(通勤費・研修費・資格取得費など)と合算して初めて控除の対象になり得ます。いずれも勤務先の証明と確定申告が必要です。

自分の手取りを正確に計算する

常勤+複数バイトの手取り・税額・確定申告での追納/還付を無料で試算できます。

手取りシミュレーターを開く →