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キャリア・転職

専門性を高めても手取りが増えないのはなぜか|勤務医の給与構造と、手取りを動かす3つの選択

勤務医 Dr.マコト|公開:

自己研鑽に励み、学会に参加し、専門医の更新をこなす。

やることは年々増えているのに、給与明細を見てもほとんど増えていない。

その体感は気のせいではない。勤務医の手取りは「どれだけ専門性を高めたか」ではなく、別の変数で決まっている。これは個人の評価や努力量の問題ではなく、制度の構造の話だ。

この記事では、その構造を三つの変数で整理する。そのうえで、手取りを本当に動かす選択がどこにあるのかを、順を追って見ていく。

この記事でわかること

  • 専門医手当の実額と、年収に占める割合
  • 年収1,500万→1,800万で増えた300万円のうち、実際にいくら残るか
  • 「医師余り」の需給推計を、前提条件から読む視点
  • 手取りを本当に動かす3つの選択とは何か

結論:手取りを決めるのは専門性ではなく、3つの変数

最初に結論を言う。

勤務医の手取りは、「専門性の高さ」ではなく、次の3つで決まる。

  1. 働く場所(大学か、市中か、民間か)
  2. 時間の売り方(常勤一本か、バイトをどう組み合わせるか)
  3. (限界税率が手取りの増え方を決める)

専門医資格は、この3変数のいずれにも直接的には作用しない。

では、専門性は無意味なのか。そうではない。ただ、専門性が効果を発揮するのは「手取りを増やす直接的な因子」としてではなく、「働く場所を選ぶための交渉力」としてだ。この順序を間違えると、学会費と更新料を払い続けながら手取りはあまり変わらない、という状況に陥る。


専門医手当の実額を見てみる

では実際、専門医資格は給与明細でいくら動くのか。

公的病院の給与規程や公開求人を見ると、「医療専門資格手当」という項目が置かれている。国立病院機構(NHO)は職員給与規程を情報公開ページで開示しており、専門資格に応じた手当区分が設けられている(出典:独立行政法人国立病院機構職員給与規程、NHO情報公開)。同名の手当は地域医療機能推進機構(JCHO)の職員給与規程にも置かれている。

筆者の周囲を見る限り、実感はこうだ。専門医を取っても、給与はほとんど変わらない。そもそも専門医手当という項目自体が存在しない病院も珍しくなく、あっても月1万円前後というのが相場感だ。特に大学病院の給与体系では、専門医資格が明細に反映される余地はほぼない。

構造的な理由もある。個々の医師が専門医かどうかで診療報酬が直接変わる場面は限られている(施設基準などを通じて間接的に効果を発揮する場面はある)。病院に入るお金が変わらないなら、資格を給与に載せる原資は生まれにくい。専門医手当が気持ち程度にとどまるのは、病院がケチだからというより、制度の設計がそうなっているからだ。

公開求人ベースで見えてくる水準感は、月数千円から数万円のオーダーに収まるケースが多い。仮に月1万円の専門医手当が付いたとしても、年間で12万円だ。

年収1,500万円に対する比率は0.8%。

これが現実の数字感だ。給与表の主役は専門医資格ではない。勤務医の給与のつくりを大づかみに書けば、

基本給(経験年数で決まる)+ 当直手当(単価 × 回数)

——この足し算が骨格で、専門医資格はどちらの項にも入っていない。年功で積み上がる基本給と、夜間・休日に身体を差し出す対価が給料を支える。専門医手当も項として足されることはあるが、主役のふたつとは規模が違う。

手当は維持費も差し引いて考える

専門医を維持するにはコストがかかる。

学会年会費、更新料、必須の講習やセミナー、関連書籍。金額は学会や資格によって異なるが、複数の資格を持つ場合は年間数万円〜十数万円の支出になることも珍しくない。

実額でいえば、マストの出費だけで年数万円。学会や領域によって幅はあるが、5万円で足りるかどうか、というのが肌感だ。

そして本当のコストは、お金より時間だと感じる。自己研鑽の書籍は当然自腹、学会参加には休日が消え、e-learningや単位取得にも時間が持っていかれる。時給に換算する習慣のある人ほど、この見えない維持費の大きさに気づくはずだ。手当が年12万円あっても、維持費と時間を差し引いた実質は、ゼロかマイナスに近づく。

Dr.マコト・勤務医

「専門医を持てば給料が上がる」と思っていると、明細を見て拍子抜けする。手当の存在自体は本物だが、額面に対する割合と維持費を合わせて考えると、純粋な金銭的リターンとして過大評価しやすい項目だと思っている。

専門医手当は月数千円〜数万円のオーダー。年収に占める割合は小さく、維持費を差し引いた実質はさらに絞られる場合がある。


増やしても残らない——限界税率の壁

専門性の問題とは別に、勤務医の手取りには「増えた分が消える」構造がある。

年収1,500万円から1,800万円へ300万円増えたとき、手取りはいくら増えるか。

手取り早見表のデータを使って確認する。

  • 年収1,500万円の手取り:約1,024万円
  • 年収1,800万円の手取り:約1,188万円
  • 手取りの増加:約164万円

増えた300万円のうち、手元に残るのは164万円だ。

残りの136万円——増分の約45%——は所得税・住民税・社会保険料に消える。

前提条件:賞与なし・東京都勤務・独身・扶養なし・40歳未満(サイト手取りシミュレーター実測値)

バイトを週1回増やして年収を300万円伸ばしても、手元に残るのは164万円。学会出張を重ね、専門医更新のコストを払い続けながら、増えた分の半分近くは持っていかれる。「なぜ頑張った分だけ残らないのか」という体感の正体は、この構造にある。

Dr.マコト・勤務医

限界税率を一言で言うと「次に稼ぐ1円から、何%持っていかれるか」だ。平均で何%引かれるかとは別の概念で、「もう少し稼ごう」という動機に直接ぶつかってくるのはこちらの数字になる。

手取りシミュレーターで自分の数字を確認する

上記の計算は「賞与なし・東京・独身・40歳未満」の条件だ。扶養家族がいる場合、iDeCoやふるさと納税を使っている場合は数字が変わる。自分の条件で計算したいなら、手取りシミュレーターに年収を入れるとその場で出せる。


「医師余り」で専門性の価値は上がるのか——需給推計の読み方

「将来、医師が余るなら専門性で差別化しなければ」という話を聞くことがある。

厚生労働省の医師需給分科会による最新の需給推計(令和2年)は、医師の労働時間に置く仮定ごとに複数のシナリオを計算している。労働時間を週60時間程度に制限する仮定(時間外・休日労働の年960時間上限、いわゆるA水準に相当)を置く「需要ケース2」では、2029年頃に約36万人で需給が均衡すると推計された。需要が最も大きくなる「需要ケース1」(週55時間制限相当)では、均衡はさらに数年後ろにずれる。つまり「医師余り」の到来時期は、医師がどれだけ働く前提を置くかで動く——推計とはそういう性質のものだ。そして均衡後は、人口減少に伴い、いずれのケースでも供給が需要を上回って推移する見通しが示されている(出典:厚生労働省「令和2年医師需給推計の結果」第35回医師需給分科会 資料1・2020年8月31日/医師需給分科会「第5次中間とりまとめ」2022年2月)。

ここで注意が必要なのは、「推計」が前提条件に大きく依存する点だ。

  • 医師の1人当たり労働時間をどう設定するか
  • 外来受療率・入院受療率をどう見るか
  • 診療科偏在・地域偏在をどう扱うか

これらの前提が変われば、均衡時期の見方も変わる。「2029年から医師が余る」という断定は、推計のひとつのシナリオを切り取ったものにすぎない。

含意として言えるのは、「専門性は確かに差別化に効きうる。ただし、どの専門性でも、どこでも効くわけではない。需要のある場所で、需要のある専門性であることが前提だ」という程度だ。

Dr.マコト・勤務医

需給推計は「シナリオ」だ。前提を変えると結論が変わる。「医師が余る」という言い方は、一定の条件のもとでの見通しで、断言できる話ではない。見方の幅を持って読んでほしい。


誤解のないように——専門性の価値はお金だけではない

ここまで読んで、「じゃあ専門医を取る意味はない」と感じた人がいるなら、それは違う。

本記事が問うているのは金銭的リターンに限定した話だ。専門性の価値はそれだけではない。

  • 臨床的価値:より複雑な症例を適切に扱う能力。これは患者への直接的な価値であり、医師としての本質的な強みだ
  • キャリアの守り:医師余りが進んだとき、専門性のない医師より選ばれやすい位置に立てる
  • やりがいと自信:自分の専門領域に深みが出ることで、臨床への向き合い方そのものが変わる

この記事は、これらの価値を否定したいのではない。

「専門性を高めれば手取りが増える」という前提が構造的に成立しにくい、という点を整理したかっただけだ。個別の診療科の優劣を語りたいわけでも、医局や専門医制度を断罪したいわけでもない。手取りを動かすメカニズムは制度の設計の話であり、科の選択の問題ではない。


手取りを本当に動かす3つの選択

前置きが長くなった。本題に戻ろう。

手取りを動かすレバーは、専門性ではなく次の3つだ。

① 場所を選ぶ(大学と市中の構造差)

大学病院と市中病院では、同じ経験年数でも給与の水準が異なることが多い。大学病院は教育・研究機能を担う分、給与水準が市中病院より低い傾向がある。

逆に、民間の中堅病院や地域の基幹病院では、医師確保のために年収を上げているケースがある。「大学にいるから安心」でも「大学だから高い」でもない。今自分がいる場所の給与が、市場相場に対してどこにあるかを把握することが先だ。

転職の前に知っておきたいことでも書いたが、「今すぐ動く」ことと「相場を知る」ことは別の話だ。まず相場を知ることから始めれば、今の処遇が適正かどうかの判断軸ができる。

② 時間の売り方を選ぶ(バイト構成と実質時給)

バイトの時間単価は病院よりも高いことが多い。しかし前述のとおり、増えた収入の約45%は税と社会保険に消える。

着目すべきは実質時給だ。時間単価が高くても、通勤時間や準備の手間を含めると実質単価は変わる。また、確定申告の手間も加わる(詳しくは確定申告の手順を参照してほしい)。

バイトを増やして短期的に手取りを積み上げることはできる。ただし時間と体力に制約を受ける。時間の売り方は「常勤の年収をどう組み合わせるか」も含めて設計することで、時間あたりの実入りが変わってくる。手取り額の目安は手取り早見表を参照してほしい。

③ 税を使いこなす

増えた分の約45%が税・社会保険料に消える構造そのものは変えられない。ただし、課税所得を合法的に下げることで、手元に残る額は変えられる。

ふるさと納税・iDeCo・住宅ローン控除など、勤務医が使える節税方法の効果額は節税6選の記事にまとめている。年収1,500万では節税の合計効果は数十万円規模だ。大きい数字ではないが、何もしないよりは確実に手元が変わる。

「選択をしない」のも選択だ。ただし、使えるものを使わないでいると、払わなくていい税を払い続けることになる。

手取りを動かす3変数:①場所 ②時間の売り方 ③税。専門性はこの3つに影響を与えるポジションを作るための手段であって、手取りを増やす直接的な因子ではない。


まとめ

専門性を磨くことに価値がないとは思っていない。臨床力・キャリアの守り・やりがいという面で、専門性の意味は確かにある。

ただ、手取りを動かすメカニズムは別のところにある。

  • 専門医手当は月数千円〜数万円のオーダー。年収に占める割合は小さく、維持費を差し引いた実質はさらに絞られる
  • 増えた収入のうち45%近くは限界税率で消える。年収1,500万→1,800万の300万増で手元に残るのは約164万円
  • 需給推計は前提条件次第。「医師余り」を断定せず、差別化は「需要のある場所で・需要のある専門性」が前提になる
  • 手取りを動かす3選択は「場所・時間の売り方・税」の3つ

努力を否定したいわけではない。ただ、努力の方向と手取りの変数が一致しているかは、別で考えた方がいい。

まずは自分の年収での手取り実額を確認してほしい。手取りシミュレーターに条件を入れると、今の年収が税・社保でいくら引かれているかがその場で見える。数字を知ることが、次に何を選ぶかの出発点になる。

節税で動かせる額には上限がある。根本を動かすのは、働く場所と時間の使い方の選択だ。


本記事は2026年7月時点の情報をもとにした一般的な情報提供を目的としたものです。税制・制度は年度ごとに改正される場合があります。個別の税務判断については税理士等の専門家にご相談ください。

著者:勤務医 Dr.マコト

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